感動の蒸気機関車 Photo Blog

蒸気機関車と写真雑記のフォトブログ

・自己流写真語録♪

2015.09.01.Tue

自己流写真語録♪ #09

 #09 「写真」をいつも意識する

 撮影をしていない時も、「写真」を意識する。
日常の生活シーン(街並み、店舗空間、写真展、書籍など)
から五感で何かを感じ取ると、ときめく瞬間がある。
美しい風景、色合い、質感、配列、空間、人、ストーリー性、
雰囲気、おもてなし・・・。素直に惹かれる要素を発見する。

 「写真」もマーケティング感覚が必要なのかもしれない。
自分も人も満足、いや感動するような作品を生み出すために。

 「誰もが撮るような絵でも、自分が撮ると一味違った魅力を
伝えられる作品」が得られたら本望である。(かなり難しい)
それを可能にするためにも、生活シーンで心のアンテナを
張り巡らせる必要がある。アンテナを張り巡らせるとは?
それは、意識することである。意識していると、色んな事に
気づき、ひらめくようになり、撮影の意図に繋がっていく。 
 
 気づいて「いいな」と感じたことを「写真」で表現する。
私が心がけていることは、「納得の絵が撮れそうにないなら、
諦めて他の絵づくりをする」「レンズワーク」「バランス」
「定番のなかにある希少性」「無理に絡めない(引き算)」
「シンプル×斬新性」「切り取り」「撮ってからも創る」等。
これらを意識しながらフィールドで撮影を楽しんでいる。

 「写真は独創性である」とは、けだし至言である。
しかし、外し過ぎると鑑賞者に違和感を与えてしまう。
所謂、奇をてらった写真である。あまり大袈裟にしないで、
デフォルメも程々にする。何事もやり過ぎは、No Good!

 自戒を込めて、素直な姿勢で作品づくりをしていきたい。

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2015.07.03.Fri

自己流写真語録♪ #08

 #08 好きな撮影地は何度も通う

 「あの撮影地は、いい写真が撮れたのでもう行かない」
という人がいる。私の場合、かつて苦労して登った俯瞰
ポイントが多い。それは、蒸気機関車の魅力を至近距離で
狙うスタイルに変わったことで行かなくなった。

 人気の撮影地のなかで「好きな撮影地」は何度も通う。
人と殆ど同じ構図の写真を撮ることもあるし、自分流に
変化球で撮ることもある。特に蒸気機関車は毎回、煙の
表情が変わるから新鮮味がある。

 同じ撮影地でも、立ち位置、季節、気象状況、機関車、
フレーミング、撮影意図などにより得られる絵は無限大。
だから、新たな感動の絵を求めて足しげく通うのである。

 自分が認めたお気に入りの撮影地を尊重する。
仮にすぐ近くの高台に大勢の人が集結しても迷わない。
今回は、この立ち位置で、この画角で、こんな絵を・・・。
その強い想いが「運」を引き寄せて、自分流の納得できる
写真を撮らせてくれるのだと思っている。

 好きな撮影地=心躍る、撮りやすい、絵になる場所

 あなたの「好きな撮影地」はどこですか?

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2015.05.10.Sun

自己流写真語録♪ #07

 #07 「心の感動」を表現するために

 「鉄道」「蒸気機関車」が好きだから「写真」を撮る。
私も蒸気機関車が放つオーラに魅せられて写真を撮っている。
今のカメラは自動にすれば、誰でもそれなりの写真が撮れる。
そして、撮った写真を記録として自分の世界だけで楽しむ。
それをアウトプット(発表)する、しないは本人の自由である。
 
 しかし、写真を「作品」「アート」として捉えてみると、
プラスアルファの要素(何か惹かれるもの)が不可欠になる。
全てのアートは、「心の感動」をどう表現するかということ。
それは、写真を通して他の人にも感動してもらうことである。
感動が伝われば、作品からの感動+伝えた感動へ昇華する。
これが、作者(※)に与えられる最高のご褒美なのだと思う。
 
 「心の感動」を一つでも多く表現できるようにするには、
どうしたらいいだろうか?いつも苦労している私は、2つの
ことを心がけている。

 まず一つ目は、「写真」と「被写体」の意識の比重である。
被写体と対峙する時、写真(作品)づくりを意識して撮る姿勢。
それは、「写真」>>>「被写体」=アートの視点で観ること。 
特に、走行写真の撮影で複数のカメラを使う時では、複数の
絵づくりとシュミレーションをして手際よくカメラ操作しな
ければならない。これは少々高度なテクニックが必要である。

 二つ目は「心の感動」を表現できるような視点やヒントを
得るために「他の被写体」を気軽に撮るようにしている。
私は、鉄道写真では「蒸気機関車」を撮るために出かける。
しかし、撮影地以外の行き帰りの行程で様々な写真を撮る。
お目当ての本番の撮影だけで、他は全く無関心というのでは
勿体ない。蒸気機関車以外の車両や駅や風景を撮るなどして
何かヒントが得られることもある。
撮影行以外でも、たまには「街並み」「スナップ」「風景」
「ポートレート」「テーブルフォト」」「花」など、全く違う
ジャンルを撮ってみると、思わぬ発見があり面白い。

 「写真は即時性の芸術」「写真は写心である」
「写真」の眼で「色んな被写体」を観察してシャッターを切る。
「心の感動」に繋がる「自分の作品」を創るために・・・。

(※)作者は、単なる撮影者ではなくアーティストになる。

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2015.03.15.Sun

自己流写真語録♪ #06

 #06 楽しい単独行
 
 私の撮影活動は、単独行である。
もちろん、友人との撮影行も時々ある。
顔なじみの人たちとの賑やかな撮影は楽しい。
撮影地で早々にカメラのセッティングを終えると、
あとは仲間とのおしゃべりが撮影時まで続く・・・。
仲間と撮影を楽しむとは、そういうことなのだろう。

 趣味で鉄道撮影をするなら、気の合う仲間と一緒に
行動するのが最良なのかもしれない。

 「作品を撮るなら、写真仲間と楽しむな」
 「一匹狼のスナイパー(狙撃手)になるべし」
 「単独至上の私・・・」


 上記の言葉は、某写真家たちのメッセージである。
プロは「作品」を撮るために「集中力」が不可欠なので、
仲間と撮るときは、「作品」を諦めて「楽しむモード」に
切り替えるという。

 趣味で写真を撮るなら「楽しむモード」が一番!?
ある時は単独行で、次はグループ集団で撮影行・・・。
単独行 vs 二人以上の集団の是非を問うことより、要は
自分の撮影スタイルを尊重することが大切だと思う。

 ということで、私の撮影スタイルは「楽しい単独行」
それは、
・常に自由、気ままに、臨機応変に行動できる。
・撮影にひとりで集中でき「作品」を撮る環境である。
・撮影前後の発見(気づき)の可能性がさらに広がる。
・お気に入りの音楽を聴きながら乗り鉄する癒しの旅。
・ひとり旅の予期せぬ人との出会いと発見の醍醐味。
・全てのことに自分と向き合い、研ぎ澄まされるから。


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2015.01.31.Sat

自己流写真語録♪ #05

#05 「写真と言葉」の関係

 写真を撮るのを楽しみ、撮った写真を鑑賞して楽しむ。
自分の世界だけで楽しむのなら、「言葉」は必要ないだろう。
未公開の写真日記やフォトブック等をつくる場合もあるが・・・。

 自分の撮った写真を作品として誰かに見てもらう行為は、
第三者に共感を求めたいという素朴な芸術活動に他ならない。
私は誰かに見てもらうことで得られる成果も、写真の楽しみ
の一つ
だと思っている。

 作品を見てもらうツールは、ブログなどネットで公開する写真、
紙媒体&電子写真集、ギャラリーでの写真展などがある。
多様な表現手段のなか、最近注視しているのが「写真と言葉」
の関係である。以下に2つの例を挙げてみる。
 
1. 一枚の写真を鑑賞する。「言葉」はない。タイトルもない。
鑑賞者は、独自の審美眼を研ぎ澄ましながら何かを感じとる。
写真だけが唯一の情報源なので、鑑賞者は思うままに想像の
世界を広げる。作品を一番シンプルに披露している姿である。

2. 一枚の写真を鑑賞する。作品の下に「言葉」がある。
タイトル、撮影日、撮影地、撮影機材、撮影データ(シャッター
速度、F値、ISO感度)、そして撮影者のコメント・・・。
言葉の多少はあるが、その言葉は撮影者の意図や想いを伝える。
写真展在廊時の来場者との交流や、催事でのトークショーに
おいても「言葉」が介在して、その写真(作品)に味を添える。
一枚の写真の裏側に潜む多彩なドラマを「言葉」から感じ取る。
そう、「言葉」は鑑賞者にその写真が醸し出すオーラ(aura) に
+α(共通の理解)を促す香辛料のようなもの。

 「写真に言葉はいらない」
 「写真に言葉は不可欠である」


 私はどちらも正解だと思っている。
写真に「言葉」がいらない時と必要な時(多少)を見極める。
誰かに見てもらう写真は、キャプション(caption)の表現も
作品の一部
になるのだから・・・。

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2014.11.15.Sat

自己流写真語録♪ #04

 #04 写真のアスペクト比で工夫する。

 写真を撮る前後に考えること。
その一つに、写真のアスペクト比(縦横比)がある。
デジタルは、画像のフレーミングを手軽に変えられる。

 ポジフィルムを使っていた時は、「撮影時に完結」して、
現像後、ライトボックス上で見た仕上がりに一喜一憂した。
フィルムでも、プリント時やスキャニングした画像で多少の
修正は可能ではあるが、手間や限界があった。

 デジタルになり、写真の表現力が大きく広がった。
それは、「写真は撮って終わりではない」ことを意味する。
撮った後の画像から、何を引き出していくかを考えること。
例えば、写真のアスペクト比(縦横比)を再考してみる。
縦横比3:2縦位置で撮影した画像を、1:1のスクエアにする
ことでバランスが取れる写真もある。(スクエアはお洒落!)
もちろん、撮影前にスクエアを意図して撮る時もあるが、
結果が良ければ、写真の比率は自由に変更していいと思う。

 トリミングの是非は、ここで論じることはしないが、
私は常に撮影時でベストなフレーミングを心がけている。
安易なトリミングは、作画の失敗を意味すると考えるから。
それでも、写真の比率変更や画面端の一部分トリミングで、
その写真がベターになるのであれば良しと思っている。

 今や、デジタルの「撮って出し」で100点満点はない!?
何かしらの加点する部分が潜んでいる可能性がある。

 デジタルは撮った後も撮ること(創ること)が大切!

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縦横比3:2縦位置ノートリミング

◆写真のアスペクト比(参考)

・縦横比4:3(1.33:1)・・・アナログテレビ画面、パソコンの
 画面解像度の比率、中判カメラ6×45、コンパクトデジカメの主流。

・縦横比3:2(1.5:1)・・・35mmフィルム(横36mm・縦24mm)。
 デジタル一眼レフカメラの主流。

・縦横比16:9(1.78:1)・・・ハイビジョン放送の横長の画面。
 人間が視覚的に最も臨場感を感じる比率と言われる。

・縦横比2.35:1・・・横長のシネマスコープ。迫力をアピール。
 映画館で見るアスペクト比の代表格。

・縦横比1:1・・・スクエア(正方形)。Instagram、中判カメラ6×6、
 CDジャケット。時間の流れやリズムが切り離され安定感がある。

※黄金比は、1:1.618 クレジットカード・はがき・名刺など。
2014.09.07.Sun

自己流写真語録♪ #03

#03 一枚の写真を尊重する。

 私は今、40年前に撮った写真のブックを作成している。
ネガシートは経年劣化によるゴミ、傷、カビ、退色が進み、
スキャニングだけでは使えないものが殆どになってしまった。
そのため、一コマずつレタッチソフトで修正する必要がある。
手間はかかるが、自分で容易に修正できるのでありがたい。

 二度と撮れない貴重な一枚を時間をかけて修正する。
細かい作業を続けていると、当時の想い出に浸れて楽しい。
同時に一枚の重みをひしひしと感じ取ることができる。
それは、「とっておきの一枚」だと自覚する時でもある。
 
 デジタルになり、一枚の重みが軽くなったように感じる。
手軽に連写して、すぐに消去できるのは便利なのだが・・・。
カードに残った写真(画像)は、好みの違いがあるかもしれ
ないが、どれも大切な作品なのだと思う。

 私はブログに公開する時も一枚の写真を尊重している。
特別の意図がない限り、連写等で撮った類似写真を続けて
載せないようにしている。同じような写真が複数あると、
一枚の重み(見せ場)が薄れてしまうと考えるからだ。
前後に撮ったカットがあっても「ベストな一枚を選んで
載せた方が、断然、その写真の存在感が高まる」と思う。
(あくまでも、個人的な見解なのだが)

 一枚を魅せるなら、その一枚にスポットライトを当てる。
「単写真力とは、一枚の価値を最大限に表現すること」
だから、私は一枚の写真を大切に表現していきたい。

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PENTAX 645N

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